令和8年10月23日、スマホを眺めていると衝撃的な記事が目に入った。
「作家 村上龍氏 死去 享年74歳」
目を疑った。フェイクニュースかと思い、googleをはじめ可能な限り、あくまでネットで検索した。どうやら事実であるようだが、いや、それでも疑わしい。結局24日の新聞にその旨の記事が掲載されており、事実であることを確信することとなった。
なぜこれほどまで龍さんの死を受け入れられなかったか?(すみません、馴れ馴れしいけど「龍さん」と呼ばせて欲しい)あの屈強そうな身体、生気に満ち溢れた面構え、そして何よりも「生きる」ことの大切さを常にアナウンスしてきたあの人が、こんなに早くに亡くなってしまうとは…。私は勝手に自分の中で、「村上龍」という存在をある種超人のごとく、半ば不死身の者として築き上げてしまっていたように思う。人はいずれ死ぬのだが…。
3年前、2023年は色んな事があった。WBCで侍ジャパンが世界一となり、さらに我らが阪神タイガースは38年ぶりの日本一を勝ち取った。その一方、訃報が相次いだ。ジェフ・ベック、高橋幸宏がなんと1日違いで亡くなった。そのショックが冷めぬうちに今度は「世界のサカモト」、坂本龍一が亡くなったのである。坂本龍一はご存じの方も多いと思うが、村上龍と同い年で、しかも二人は盟友として知られる。坂本龍一の死に寄せて、龍さんが何か手記でも著してはいないかとネット検索したが見当たらなかった。もっとも、坂本氏は既に中咽頭がんであること、さらに転移した直腸がんがステージⅣであることを公表していたため、私をはじめ世間でのショックは大きかったものの、正直、死は時間の問題という認識があった。
それに比べて龍さん…ちょっと急すぎやないですか?
「カンブリア宮殿」での龍さん、確かに様子がおかしかった。あの、歯に衣着せない物言いが、年齢のせいか、もうかつての龍さんのものではなくなっていた。なにせ滑舌が悪すぎて、見るに堪えないほどだった。それをグッと辛抱しながらフォローする小池栄子が居ることで、むしろ余計に不憫になってしまう。しかし、龍さん本人からは特に健康状態の異変を公表することはなかった。
私が20代、つまりもう30年以上前のこと。村上龍と村上春樹、いわゆるW村上に関して議論することが多かった。あんなに小説について、いわば「どっち推し?」みたいな議論をすることなんて後にも先にもW村上くらいではないかな?苗字が「村上」でたまたま一緒だったことは確かに大きいけど、どちらの作品もエンターテインメントの側面を持ちながら、グサッと爪痕というか、心に新たなコードの作成を促す、真新しいコンテンツであった。さらに加えていずれもどこかポップなところがあるように思う。だから流行るんだけど。
私は正直なところ、春樹さん推しになっていた。何というか、文体が心地よくて「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」や「ねじ巻き鳥クロニクル」などの長編も夢中で読んだ。今、思い返せばあの遠回しでどこか断言を避けるような文体が、当時の社会に適合しきれない20代の自分に合っていたのかもしれない。対して龍さんは春樹さんとは対照的に「客観論など存在しない」などと思い切って言い切る人である。そして描写がひたすらディテールに及ぶ龍さんのスタイルについていけてなかったのだろう。代表作「限りなく透明に近いブルー」や「コインロッカーベイビーズ」は途中で挫折してしまった。
しかし、「Ryu’s bar」というトーク番組で積極的にメディア露出していた龍さんは、20代の私たちにとって、作家というより、いわばスターだった。当時、私はバンドを組んでいたが、キーボード担当のK君は掛け値なしの坂本龍一信者で、その延長で村上龍信者でもあった。さらに、たまにボーカルを担当していたMちゃんという女子もこの「Ryu’s bar」の大ファンであり、この二人が「夕べのRyu‘s bar、良かったよねー」なんて余韻に浸って語るのをよく聞かされた。悔しいがその影響もあり、私も「Ryu‘s bar」をほぼ毎週欠かさず見るようになり、龍さんの発する一言一言に価値観を揺さぶられるようになった。さらに、ゲストに対するリスペクト感が見ていて非常に心地よかった。(個人的には藤田まこと、小林旭の回が良かった)つまり、龍さんは作家であると同時に今でいうインフルエンサーであったように思う。
話は3年前に戻る。私にとって激動の1年であった。阪神タイガース日本一を見届けた私は50代半ばにして転職活動に着手していた。そして当時、ある本と出会う。「55歳からのハローライフ」。この本にどれだけ救われたか…。
転職活動といえど、福祉業界なので私のような高齢でも割と簡単に好条件の職場が見つかった。そもそも安月給に慣れてしまっているし、ぜいたくに選んでいる余地もない。むしろそれまで休日返上で出勤して事業所のために働いてきたこともあり、培ってきた人脈や地位を失うのは寂しいと思っていたのが正直なところである。そんな心にぽっかり穴が空いてしまったような状態で有給消化していた私は有り余った時間を読書に充てていたが、そんな時に出会ったのが「55歳からのハローライフ」。タイトルからして当時の私にうってつけであった。
さきほど、20代の頃、春樹さん推しで龍さん作品はちゃんと読めていなかったと述べたが、実はあまりに面白くて一気に読んでしまった村上龍作品がある。「69」、「5分後の世界」そして「トパーズ」である。かのカリスマ編集者、箕輪厚介氏は私よりはるかに若いのだが、彼が村上龍作品にはまったきっかけとして「69」と「5分後の世界」を挙げていたのには驚いた。そしてその箕輪氏とyoutubeで「村上龍と私」というコンテンツで共演している三浦崇宏氏は「村上龍作品は3つのセ、つまり青春、戦争、セックスだ」と言っているが、うまいこと言うなあ。「69」が青春、「5分後の世界」が戦争、「トパーズ」がセックス、はまってますな。
3作品とも非常に面白いのだが、このような全く異なるタイプの小説を仕上げてしまう龍さんの才能と筆力はとてつもない。読んだ当時の記憶から感想を言うと、「69」はとにかく笑えるし、文体が軽やかなのでついつい声に出して読みたくなる。これは私的には町田康氏の一連の作品や野坂昭如氏の傑作、「エロ事師たち」にも通ずる。「5分後の世界」は5分後というパラレルワールドの描写がすさまじく、映画を観ているようで読むのが止まらなくなるし、「もし日本が降伏していなかったら…」という荒唐無稽でありながら「もしかするとこうなっていたのかな?」と思わせてしまうストーリー展開が凄い。「トパーズ」は登場する性風俗で働く女の子たちがとても愛おしい。女の子の1人称の文体だったかと思うが、龍さん、こんなこともできるんだ!と驚いた。当時岡崎京子の「pink」にもはまったが、相乗的に2作品を楽しんだ記憶がある。
さて、「55歳からのハローライフ」だが、この作品は「村上龍の3つのセ」のいずれにも分類されない。しかも登場人物達は初老を迎えた「普通の人」である。書店で見かけた時は正直、「龍さんらしくないな、おもしろいのかな?」と懐疑的になりながらも、まさしく今の自分に「読みなさい」と言っているようなタイトルだったし、村上龍作品を久しく読んでいなかったこともあり、気づけば会計を済ましていたような感じだった。
率直な感想は「やっぱり村上龍はいい作家だなあ」だった。私は読書家といえるほど沢山の小説を読んでいるわけではないので偉そうなことは言えないが、「中高年のライフイベントをきっかけとした心の揺らぎ」をモチーフにした小説など、おそらく供給過多と言えるほど掃いて捨てるほど存在するのではなかろうか?何せ題材はいくらでもある。私は「なんちゃってソーシャルワーカー」なので余計に思うが、中高年のライフイベントといえばリストラもしくは定年退職、再就職、親の介護、親の死そして相続、離婚もしくは老いらくの恋、子供の就職や結婚だの、挙げればいくらでもあるように思う。しかし龍さんは単なるライフイベントに頼らない。そして「ストーリーが見事」「プロットが巧み」というだけではない。あくまで詳細な描写を通じて人物像や関係性を浮かび上がらせ、私達に「読んだ」というより「体験した」かのような感覚を味わわせてくれるのだ。つまり、付加価値が途方もなく大きい。単行本¥670でこの付加価値、コスパ最強である。個人的には「空を飛ぶ夢をもう一度」「トラベルヘルパー」に特に感銘を受け、そして救われた。培った人脈は失うわけではない、どこかで生きるかもしれない、地位なんて失ったっていいじゃないか、より豊かに生きるチャンスかも…。それから3年経ち、限られた自由な時間を有意義に使おうと奔走している。
龍さんが急逝され、あらためて時間の許す限り著作を読まなければ…。とりあえず「愛と幻想のファシズム」と「半島を出よ」は最低限。

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