社会福祉士試験合格者達よ、生き残りましょう。

こんにちは。しんさんです。なんだか変なタイトルでごめんなさい。このタイトルに関しては追々説明というか、解説をさせてもらいますので、今はとりあえず軽く流しといてください。

さて、福祉業界を少なからずざわつかせた(?)第38回社会福祉士国家試験ですが、合格発表、ありましたね。で、この発表を受けて再び業界がざわついてるような…。

結果の詳細について四の五の言うのは、無粋な気がするのでやめておきます。ただ、不合格となった方は残念でしたが、合格された方、どうですか?僕もそうなんですけど、どうも釈然としないというか、素直に喜べないというか…。いや、そりゃね、専門実践教育訓練費ということでハローワークからさらに2割の給付が受けられるのは本当に嬉しいです。しかし…。

いやいや、とにかく合格したんですから、これがスタート地点なんですから、前を向きましょう。そんな訳で僕はこう考えるようにしました。「社会福祉士という看板を背負えるようになったのだから、その看板に恥じないよう、今後研鑽を積んでいけばよいのだ」と。

私事ですが、少し語らせてください。私は40過ぎてから介護の業界に飛び込み、最初の入職先はグループホームでした。当時はいわゆるヘルパー2級…現在の介護職員初任者研修修了者…しか持っていないという、ホンマの素人に毛が生えた程度。しかし入職して1年半ほど経ったある日、青天の霹靂ともいえる事態が発生しました。あろうことか、同法人内のデイサービスへ、管理者として着任せよとの辞令が下りたのです。何を考えてるんだ?他に介護福祉士やケアマネの資格を持ってる人や、10年近く働いているベテランも居るのに、こんな知識も技術も人脈もない私のような人間が管理者となったところで、事業の運営はおろか、職員もついてきやしないだろう!最初は戸惑いしかありませんでした。

しかし、それから3年、いつの間にか介護の業界にどっぷりはまっている自分がいました。介護福祉士の資格は順調に取得した一方、なかなか利益の上がらないデイサービス事業所の管理者として、理事長から散々なパワハラを受けたりもしました。一方、居宅のケアマネや包括支援センター、家族など徐々に人脈が広がっていき、介護現場での学び、管理者として制度や経営に関する学びなども自然と身に付けていったように思います。パワハラは辛かったけど、仕事自体は非常にやりがいを持って臨んでいました。

そもそも私を管理者に選んだ決め手は、年齢的に管理者を任せるのにちょうど良かったのか、事例検討会で会場を盛り上げたのが良かったのか、いまだ分かりません。しかし、この管理者であった3年、濃密な学びの機会をくれたことに関しては、理事長に感謝しています。でも、パワハラは辛かったよ、理事長。

何が言いたいかというと、当時の私のような素人でも、キャパを超えているように見える地位にいざ就いてしまったとしても、その後の努力で何とかカバーできるものなんです。つまり、「地位が人を作る」ということなんです。試験はあくまでハードルの一つであって、重要なのは「社会福祉士」と名乗るようになってから、その名に恥じない仕事をこなせるかどうかです。自分に力が足りなければ能力のある人の協力を求めればいいんです。もちろん、他力本願ではいけません。能力のある人と一緒に過ごすうち、その人から良いところを盗んでいけばいいんです。

では、タイトルに戻りましょう。社会福祉士を名乗ることができるようになった私達は、その名を汚すことのないよう、泥臭く、したたかに「生き残りましょう」

最後にすみません、今回は合格特集ということで、前回お話ししたゴッフマンに関する過去問等に触れるのはまた次回以降にします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました